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天からの贈り物

こんな昔話があります。ニコラスという人が、貧しい父親について耳にしました。3人の娘たちに十分食べさせることも、婚礼の準備もできません。そこで、秘密裏に助けようと、金の入った袋を窓から投げ入れました。するとそれは、靴や靴下を乾かしていた暖炉の床に落ちました。その人は聖ニコラス(紀元270年生まれ)と呼ばれます。後のサンタクロースのモデルです。

分け合う

退役軍人で62歳のスティーブはホームレスで、野外でも凍えず眠れる場所を求めて移動する生活をしていました。ある晩、少しでも稼げたらと自作の絵を展示していると、若い女性がピザを差し入れてくれました。スティーブは感謝して受け取り、そばにいた他のホームレスに分けてあげました。彼の分かち合いの姿を見て、同じ女性は、すぐに次のピザを届けました。

アビーの祈り

アビーは、飛行機事故で両親を失い、自らも重傷を負った青年のニュ ースを耳にしました。高校2年生のときのことです。知らない人でしたが、母親が「彼のために祈りましょう」と言ったので、いっしょに祈りました。

どうぞ使ってください

世界中の大都市と同様、パリの街はずれでも、住民が地域のホームレスを支援しています。防水袋に「これは落とし物ではありません。寒い方はどうぞ使ってください」と書いたラベルを貼り付け、暖かい衣類を入れて指定された場所に吊り下げています。このような活動は、家の無い人々に暖を取ってもらうだけでなく、貧しい人を援助することの重要性を地域住民に教えています。

寛大さを示す

友人のアーチィが休暇から戻ると、隣の家の人が庭に柵を立てていました。その柵はアーチィの庭に入り込んでいたので移動するよう交渉しました。しかし交渉は難航し、費用の半分を出すと提案しても、聞き入れてくれません。アーチィは隣人を訴えることもできましたが、結局、甘んじて受け入れました。神の寛大さを示すためです。アーチィは弱虫ではありません。強い人ですが、主にあって寛大であることを選んだのです。

大胆に与える

友人が昔、幼い子どもを連れて遊びに来た時、当時6歳の息子ザビエルがおもちゃをあげると言いました。息子の気前の良さを嬉しく思いましたが、夫が方々探して買ってきた人気のぬいぐるみを持ってくると複雑でした。友人もそれがレア物と知っていて遠慮しましたが、息子は子どもにおもちゃを握らせて「僕のパパは、みんなと分けるように、おもちゃをいっぱいくれるから」と言いました。

十分ではない

教会から帰る途中、娘が金魚型のお菓子を食べていて、兄弟たちが分けて欲しいとせがんでいました。私が「教会学校で何をしたの」と聞くと、かごに入ったパンと魚を作った…子どもが5つのパンと2匹の魚をイエスに差し出し、それでイエスは5千人の人々を食べさせたから、と言います(ヨハ6:13)。そこで「まあ、その子は親切ねぇ。あなたもお菓子を分けてあげたら」と言うと「ダメ」と言います。

心を配る

ジョン・ニュートンは次のように書きました。「もし帰宅の途中、半ペニーを落とした子がいて、私が弁償してあげることでその子の涙を拭えたのなら、私は自分が何かを成したと思います。もっと大きなことをして喜ぶことも重要でしょうが、このことも軽んじはしません。」

与えるという贈物

人助けに関して、着ているシャツさえも脱いで…という言い回しが英語にありますが、ある牧師が「自分のコートを脱いで暖かい服の必要な人にあげましょう」と礼拝で提案しました。そして、自分のコートを脱いで教会の前に置きました。皆は一瞬、引いてしまいましたが、20~30人ぐらいの人が牧師に倣ってコートを置きました。外は冬空で、その人たちは震えながら帰宅しましたが、コートをもらった人たちは、少しだけ暖かい冬を過ごせました。